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2008.10 - 2013.09

本郷地区の大飯まつり

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続いて本郷地区の大飯まつりを見に来ました。
本郷地区は公民館ではなく普通のお宅で行われるようです。
大きな家ですがここら辺では普通です。


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普通のお宅にテント。


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本郷地区でも段取りはほぼ一緒のようです。
頑張れと書いてある横断幕をバックにまつりが進みます。


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食事がスタートしました。


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こどもの顔の高さより高く盛られたご飯。
カメラを向けるとピースするこども。


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こちらが本郷地区のお膳。
大分食べられてしまっていますが、内容は下泉地区のものとほぼ変わりません。
ご飯の盛り方に大きな違いがあります。


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小学生も食べます。
おじいちゃん達に発破をかけられています。


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一方本郷地区のお母様方は下泉地区のご飯の盛り方に興味津々です。
距離的には1km程しか離れていないのですが、祭りの日が重なっており準備に忙しいため、下泉地区の盛り方を知らなかったそうです。
「見たことないよー」
「向うは難しそうねー」
「うちの方が盛り方が芸術的ね」
と盛り上がっていました。
こちらも会場は女人禁制のためお母様方は庭から見ています。


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続いて余興の時間となりました。
魚を運んできたおじさん(イマハマ)が、帰ってくる途中に本郷地区で一休み…というお芝居です。
大きなわらじや、竹でつくったキセルなどなんだか変な格好をしています。
氏子のみなさんとおしゃべりをし、会場は和やかな雰囲気に。


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イマハマのおじさんが座敷を後にすると、大きなしゃもじにご飯を乗せたおじさんと、それを追っておおきなお櫃を持った若い衆が雪崩込んできました。
おひつに入ったご飯を頭からかぶせられるおじさん。(この家のご主人?)

というブレブレの写真です。
一瞬の出来事だったので。


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余興オールスターズの皆さん。
しゃもじに盛ったご飯は、落ちにくいようにわざとガチガチに固められているということです。
落とすのにてこずっているところに頭からお櫃にはいったご飯をかぶせられるわけです(笑)
イマハマのおじさんが首からさげている2本の木の棒は男根を模しているものと思われます。





と、ここで時間切れ。
もうちょっとお話を聞きたかったのですが時間が無かったため家路につきました。
傍から見ると不思議なまつりだなぁと思うかもしれませんが、ほのぼのしていて由緒正しい収穫を祝うまつりなんだなーと感じました。
来年は見られなかった下泉地区の余興を見に行きたいです。


市役所から大飯まつりの資料を貰ったので、掲載しておきます。
名称:大飯まつり

所在地:桜川市泉区桜川市本郷区

公開日:桜川市泉区 12月13日 下泉公民館 11時から
    桜川市本郷区 12月13日 当屋    12時から

概要:鹿島神社の氏子である各家の主人がその年の当番である当家に集まり、約8合の飯をひとつのお椀に盛りそれを食べあう。まつりの目的は、その年の作物の実りを感謝し、神に供物を捧げ、地区の人々の健康を願うもので、女人禁制で賄いは全て男衆が行う。 両地区とも氏子が当番の家に集まり神主による神事の後、「しょうばん」の合図により一斉に「物相(もっそう」といわれる「飯の柱」をサンマ、酢の物、けんちん汁などで食べ始まり、あらすじは同じで、その後の余興が多少ことなる。「物相(もっそう」とは、お椀から約30センチ近く高く盛り上がった飯の柱であり、木製の型枠を使って作られます.倒れないように何本かの竹の串を刺して押さえておきます。本郷地区では、食事の途中に突然、大わらじに、蓑、菅笠スタイルで大きな魚箱を抱えた男(イマハマ)があらわれ、続いて大シャモジに飯をのせた男や、直径1メートルもある飯びつをもった若者が、「イマハマ」を追いかけて頭からおひつををかぶせて幕となる。下泉地区では当番の家の主人が、稲わらで編んで作ったハチマキやタスキを身にまとって、「鹿島様」に扮し、大飯を食べている氏子たちに、大しゃもじに飯をのせて、「もっと食べろ、もっと食べろ」と接待する。 いつ頃から始められたかは、火災により文献が消失し、明確ではないが、少なくとも約300年前から行われていると言い伝えられている。



おしまい